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好きなものの話〜小説編その①三島由紀夫〜

たまに「なんでSMやってるの?」とか聞かれることがある。

そこで「三島由紀夫が好きでね…」って話し出すと、「え、意外!」と言われる。続けて、「でもSMと関係ある?」とも。

 

私にとっては関係大ありなんだけど、そうだよね。
説明しようとして、「これは長くなるぞ。」と思った。

三島由紀夫、『金閣寺』と『憂国』、澁澤龍彦との親交、『悪徳の栄え』、バタイユと『眼球譚』…

関連ワードをパッと思い浮かべるだけで、その説明に労するであろう時間の長さに、ちょっと辟易して、
「ま、今度話すよ!」
と誤魔化すことがよくあった。

 

 

 

私が今の活動を続ける原動力になるのは学生時代の文化体験で、その中でも「文学」や「映画」から受けた影響は計り知れない。
でも、そういうのって、普段のライブだけじゃ伝わらないよね。


この前ワンマンライブが終わって、身も心も空っぽになって、ふと

 

「そもそも私の好きなものってなんだっけ」

 

と、自分自身を振り返りたい思いに駆られた。

そこで、ポストイットに「好きな〇〇」って書いて、項目ごとに色々と書き出してみた。
そしたら、出るわ出るわ。
文学、映画、音楽、漫画…書き出したら切りがない。
その作品名やら作家やらの一覧を眺めていたら、なんだか楽しくなっちゃって、人に伝えたくなっちゃったのです。

 

 

そんなわけで、私の好きなものの話をしてみたいと思います。

 

多分、ダラダラと何回にも分けて書くと思う。
初めは「小説編その①」。

 

 

 

 

 

三島由紀夫の『金閣寺』を初めて読んだのは、確か高校二年生の時。

 

公立校ながら進学推進校として大学受験対策に力を入れていた母校の「受験ファシズム」的な雰囲気と相いれなかった私は(クーラーが付いているという理由でそこを受験した)、ちょうど初めてお付き合いした異性にフラれるという出来事と相まって完璧にふて腐り、高校二年生になると不登校気味になりバイトと家を往復する生活を続けていた。(この年の出席日数が足りなくて、高三の年はどんなに体調が悪くても学校を休めなかった。)

 

 

学校に行かないからといって、バイトもそこまで稼げるわけではないし、遊び方も知らない。
中学時代から馴染みの地元の友人と夜中に徘徊したり、ちょっとした悪さをしたりしたけど、幼稚な私たちの遊びはたかが知れてて、退屈だった。

 

その時の私は今よりもっと髪が短くて、いつもダボダボのスウェットを着て、化粧気もなく、パッと見は男の子みたいだったと思う。(自分のジェンダーに対して、認めたいけど認めたくない、そんな気持ちだった。)

 


とにかく、当時の私は常に脱力してて、厭世的で、繊細だった。

 

 

 


ただ、不登校気味とは言っても週に1,2日は学校に行くこともあった。
それは決まって「現代文」がある日だった。
数学や科学は公式を覚えてないと解けなかったけど、現代文は目の前にある文章とだけ向き合えばよかったので、私でも楽しめたからだった。

 

その授業の中で特に印象に残ったのが安部公房の『棒になった男』だった。

 

ある冴えない父親が、休日に子供を連れてデパートの屋上に行き、ふと地上を見下ろした際に落下してしまい、地面に着くころには一本の冴えない「棒」になってしまう。


そんな話。(うろ覚え)
(この小説で覚えた「でくのぼう」という言葉はしばらく私の流行語だった。)

 

男がいきなり「棒」になってしまうトンデモ展開が当時の私にとっては新鮮で、
「なんだ、小説って、メチャクチャだな。」
そんな風に興味を惹かれた。
それに、「"棒になる"ということは一種の比喩表現で、個人が画一化される現代社会への批評性を帯びている」という国語教師の言葉を聞いて、
「なんだ、この教室のことじゃん。」
なんてことを、制服姿の同輩を眺めながら思った。
(私の学校は私服登校がオッケーだった。私はそこが好きで入ったのに、みんないわゆる"なんちゃって制服"(=公式ではない制服)を着て登校しているのだ。なんでわざわざそんなつまらない服を着るのか私は理解できなかった。)

 

 


『棒になった男』読んでから、同時代の小説家について気になって調べた。


そこで出てきたのが三島由紀夫だった。

 

三島由紀夫の文章は、安部公房の簡素で淡々とした書き方とは対照的で、写実的でロマンティックで、同じ小説でもここまで違うものかと驚いたのを覚えている。

 

そんな三島由紀夫の小説で、初めて読破したのが『金閣寺』だった。
(この数年後、美術学校の先生に教えてもらい読んだ『憂国』は、『金閣寺』と並んで私の三島文学ベスト3に入る。)

 


次の更新では、高校二年生の私が『金閣寺』をどう読んだか、思い出しながら綴りたいと思います。